YuzoOno.blog

小野裕三の公式ブログです。

「虚実超越した肉感性」~照井翠さん評 (『秋田さきがけ新報』2016年8月25日号に掲載)

f:id:yuzo-ono:20161107103136j:plain

 照井翠さんが現代俳句協会の新人賞を受賞したのは二〇〇二年。私自身も同じ年の評論賞を受賞したのが縁で、それから彼女との息長い交友が始まった。その後何冊か句集を送ってもらったが、その作品に触れる度に少し嫉妬心のようなものも感じていた。もちろん鮮やかな言葉遣いに感服したということもあるが、それだけではない。彼女は海外詠というテーマに継続して取り組んでいて、そのように異郷への足跡を作品の形で結実させているのがどこか妬ましく思えたのだ。「ここではないどこか」を希求するのは、少なからぬ創作活動全般の潜在的な欲望なのだと思うが、それを明確な作品の形にできている人は決して多くはない。

 だが、この時点で彼女の俳句がある種の安定的な段階にあったとは私は思わない。

万緑を縫綴じてゆく競歩かな

 この句は初期の代表作だろう。卓越した句であり、虚と実を繋ごうとする彼女の意図が作品として結実しているものの、それは安定した手法というよりはどこかに大きな危うさを孕んでおり、だから作者自身のもどかしさのような感情も微かに感じる。もがきながらやっと形にした虚と実の結合は、それゆえにどこかまだ作品としての危うさを宿してもいたのだ。

 だが彼女の中でのそんな構図は、あの日を境に変わった。

 その三月十一日の深夜、私は彼女に安否を尋ねる一通のメールを送った。しばらく日が経って、返信が返ってきたのを見て少しだけ安堵したことを覚えている。だがそのメールには、彼女の住むアパートのすぐ傍まで全部津波で流されたといったような、東京からは実感しづらい釜石の惨状が綴られていた。それでもそのメールの中で、少し意外に思った印象的なことがある。それは、その三月十一日に彼女が見た夜空のこと。彼女自身、さまざまな海外の僻地で澄んだ夜空を見てきたが、それらの夜空のどれよりも、その夜の東北の夜空は圧倒的だったと彼女は記していた。

寒昴たれも誰かのただひとり

春の泥抱き起すたび違ふ顔

 その震災の経験を経て、彼女は一冊の句集を書き上げる。そのタイトルは『龍宮』。文字どおり、「ここではないどこか」を示すようにも思えるその場所は、ある意味では彼女の海外詠の試みの系譜にも繋がる。だが大災害後に、現実とは思えない現実に向き合わざるを得なかった彼女の中で、虚と実の関係もそれまでとは大きく変化した。

 『龍宮』は結果として現代俳句協会特別賞と俳句四季大賞を受賞し、さらに俳句界だけに留まらない多くの識者から注目され、評価された。だがその『龍宮』について、ある時メールをやりとりしている中で彼女自身がこんな趣旨のことを語ったことがある。この本の弱点はまさに、それが震災のことを描いた句集だという点にある、と。いろんな解釈ができるコメントだろうが、俳句はあくまで俳句作品として自立すべきだという思いが彼女の中にあるのかも知れない。

 また『龍宮』について、彼女は自身のエッセイの中で「『龍宮』の作者は、誰なのだろう?」とも語っている。確かに、『龍宮』はまるで死者たち自身が書いた句集であるような雰囲気を持つ。彼女が見たあの日の夜空は、そんな異界にも繋がっていたのかも知れない。

 そして震災から時を経て、彼女の俳句がどこか変質してきたように私は感じている。そこでは、「声」に代表される人間の肉感性のようなものが際立ってきていると思えるのだ。

ひとりづつ呼ばるるやうに海霧に消ゆ

霧がなあ霧が海這ひ魂呼ぶよ

蜩や無念の声のうす濁り

死に近き声やはらかや籠枕

手花火の何か言ひかけては尽きぬ

声ごゑの陸より湧ける初日かな

 震災以前の、虚と実の間を往来する彼女の句は、想像性に充ちて、であるがゆえに構成的・視覚的でもあった。だが震災体験を経て彼女の句もどこか変質した。あの夜空を見た日以来、彼女は死者の声を聞き取ろうとし続けているのかも知れない。その声はもはや虚や実といった境もあっさりと超え、ただひたすらに肉感的である。聞こえるはずのない声を聞き分けて、虚実を超越した肉感性を孕む言葉を紡ぎだすのは、まさに彼女の天賦の才があってこそだろう。それは、彼女にとっての大きな到達であるだけでなく、近代俳句史にとってもひとつの大きな到達点と思える。

 

-----------------------------------------------

小野裕三

おの・ゆうぞう 68年大分県生まれ。俳人。現代俳句協会評論賞。「海程」「豆の木」所属。句集に「メキシコ料理店」、共著に「超新撰21」「現代の俳人101」。