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小野裕三の公式ブログです。

2017年4~6月の句集 『音符』『緑林』『古志青年部作品集2017』『五風十雨』『黄鶺鴒』『五郎助』『先々』『蝶を追ふ』

金子敦『音符』(ふらんす堂/2017年5月刊)

春惜しむ画鋲を深く刺し直し

盆踊り果てて手足のただよへる

月冴ゆるワインラベルの黒き猫

砲丸が地球にどんと着いて夏

長き夜のところどころに付箋貼る

冴ゆる夜や体温計に銀の橋

雪の夜や父の部屋より紙の音

自動ドア開いて虹の真正面

夕焼やボトルシップの帆は揺れず

弁当を置いて花野を凹ませる

正直に生き陽炎の中へ入る

底冷やゲームセンター異界めく

 彼の俳句は、常に「境界」のようなものに敏感だ。そしてそのような境界から詩を汲んできているように思える。というのも、境界とは常に異なった空間の間にある。空間と空間の間には、何かの差異が必ずある。その差異がポテンシャルとなって、詩を作り出す。あるいは、異なった空間から伝わりくるものが詩を生み出す、と言ってもいい。それは温度かも知れないし音かも知れないし、あるいはもっと言い難い雰囲気のようなものかも知れない。いずれにせよ、そのような伝わりくるものへの微細な感覚が彼の詩の芯に常にある。だから彼の句は、表面やそれを触る指、あるいは扉といったものに充ちている。それらはいつも、伝わりくるものの媒介となるからだ。

 彼の句の題材はどちらかというと現代的な素材が多い。少なくとも、そこに特別な古典志向は感じにくいのだが、それでも私見ながら、このような伝わりくるものへの鋭敏な感覚は、日本文学の伝統へと通じているような気がしている。

 

前原弘明『緑林』(拓思舎/2017年5月刊)

林檎高く放り天地を祝福す

大根洗う地球の暗闇から抜いて

むかし金魚だった菜の花がさわぐ

音楽にふれた蜜蜂から落ちる

縄跳びを抜けた順から春へ出る

ざわざわと五月の森を見たい森

家々に酢の澄む匂い原爆忌

青大将に会いたる夜の髪青し

水底に刃物を鎮め葛の花

霧匂う少年下りてくる石段

愛のつづきの感情で蝉落ちている

合鍵で開けるわが部屋星祭

万緑の真っ只中のボクシング

宮廷を逃げし白象が泳ぐ

船長の帽子の中のきりぎりす

星匂うデモいくたびも街を曲り

自動ドアを抱かれて通る金魚鉢

鳥帰ることりと妻に寄る卵

教会裏の葡萄甘いから盗む

その鍵は月光館に置いてある

その外にけものの匂い白障子

黒髪を卍縛りに雪女

工場地帯を春の河ゆく疲れている

冷房喫茶君を刺客として愛す

菊を焚き崩れてしまう金の寺

鷹の影また平和集会を通る

 実力派とは、まさにこういう人を言うのだろうな、と思わせる俳人だ。一冊の句集からたくさんの句を引用したが、彼の句集は美しい気配に充ちている。その作品の持つ抽象性や難解性は、やはり前衛俳句の流れを汲む、とは言えるのかも知れない。だが、ともすると概念遊びや言葉遊びにも流れがちなのが前衛的手法の欠点だろうが、彼の作品は違う。どの作品も確実に足を地に着けた上で、作り込まれている。しっかりと自分の脚で大地に立ち、そのままの姿勢で遥か頭上の天を覗こうとしているような、そんな感じだ。その作品が伝えようとするのは、ある種の抽象性であるにもかかわらず、その抽象性には強い草の匂いがある。草の匂いや木々の騒めきや、そういったものを丹念に嗅ぎ分けて、美という抽象性に巧みに変換しているのだ。

 

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『古志青年部作品集2017』(古志社/2017年6月刊)

蛇の舌残り火のごと揺れてゐる イーブン奈津子

がやがやとまぶしきことよ氷菓店 岡崎陽市

あつさりと罪を赦して村芝居 金澤諒和

芋虫や露ころがしてすすみゆく 関根千方

寄りかかるためにもありて冷蔵庫 高角みつこ

船によき風待つ島の蝉の穴 丹野麻衣子

早よ帰れなすちやうどよく漬かるころ 辻奈央子

草相撲代りに行つて負けにけり 西村麒麟

失恋のフォークの先の塩トマト 前田茉莉子

よく枯れて一本の木となりにけり 三玉一郎

母が肉父がケーキを切る聖夜 森篤史

数へ日の箱にみかんは嬉々とあり 渡辺竜樹

 

須原和男『五風十雨』(ふらんす堂/2016年5月刊)

燈台に巣のあるらしく光る蜂

金閣へ吹かれゆきては光る蜂

春の蚊として観音に仕へそむ

三伏をしのぎ切つたる鬼瓦

てのひらを押しかへしたる泉かな

ナイフより少しあたたか水蜜桃

人混みに風の割り込む一の酉

納豆のために葱あり朝日あり

観音へ近江の霜を踏みゆける

またしても鳩の割り込む七五三

みつしりと昭和の蒲団重かりき

 

鈴木修一『黄鶺鴒』(文學の森/2017年4月刊)

殺し合う人形を曳く祭かな

父を追う晩夏自転車透くまで漕ぐ

霜柱吾子ひた歩み指揮者のよう

妻子眠りわが月光の獲物たり

走らせて姉妹みるみる梅雨の蝶

秋の灯をともせば海の果ても町

花火終わる目つむりて号砲を聞けり

春遠き海なり光るコインなり

そして誰もいなくなるまで聖樹の灯

サルビアのこちら妻との共和国

 

横沢哲彦『五郎助』(邑書林/2017年6月刊)

操舵室覗く少女やクリスマス

地球儀の日本一撃蠅叩き

鰯雲昔の手紙よく燃える

いつせいに受刑者蒲団叩きけり

転げ来しものどんと火に蹴り返す

たんぽぽや神主を待つ造船所

村人の信長贔屓一位の実

春まつり終ればただの大男

べつたら市孫の手買うて帰りけり

何屋とも知れぬ店先戻り梅雨

萩を見に踏切ひとつ渡りけり

 

竹岡江見『先々』(邑書林/2017年4月刊)

虹消えて空はからつぽ太平洋

人日や海にのさばる埋立地

サンドバック殴られつづけ万愚節

灯にゆるる山のホテルやクリスマス

花冷や蝦熱湯にあばれしめ

 

長谷川晃『蝶を追ふ』(邑書林/2017年5月刊)

さうですかそちらは燕まだですか

五月から六月へと書く 紫陽花ください

捕虜収容所のごと昼寝する町工場

台風の「わたしきれい」と近寄りぬ

彼岸花枯れかけても進め進め

柿一つ心臓一つ同じである

妹の眼に蛇の色あり初大師